USELESS

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隷属的な生活ほどラクなものもないとは思うけど、そこに原罪として横たわってるのは不足だ。何か価値あるものごとに向かっているような意識ほど隷従的なものはないが、そこで頑張るほどに人間は不完全性を思い知らされることになる。人類補完計画ってのは、エヴァンゲリオンのあれは、だからかなり20世紀的な、歴史の末期的な発想とも言え、良くも悪くも90年代の作品で、このまえ機会があってシン・エヴァンゲリオンね、映画館で観たんだけど、いやもうこの原罪と救済みたいな構造を描くには時代がちと進みすぎたよなと思って。でもまあシンジくんのアンサーは、エヴァという葛藤を終わらせるってのは、もうそういうのやめよっていうあれかもね。だからそういう意味で前作のQのほうが面白かった。運命を仕組まれた不条理性のほうがまだこの時代に対して訴えるものがある。我々はみな運命を仕組まれた子供達になりつつあり、もうそこでは自分の不足に構っている暇なんてないような時代だと思うんだけど。けっきょく、人間が自らに尺度を持ち込むこと自体が人類補完計画を生むわけで。私たちはそういうものに対して反抗していかなくてはならない。贖罪の行為は有罪者の意識を生むだけで、他になにももたらさない。ただ無能の意識だけが、人間を釈放する鍵だと思うけどね。ロンギヌスの槍だか何だか知らないけど、あれを最後エヴァにぶっ刺したのは、限界を示すような儀式は生命に対してなのか知恵に対してなのかが気になる