USELESS

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武器を揃えることと、本質的な強さを備えることは違う。素っ裸にされても戦えるのか、どうか。家を追い出されて仕事も奪われて身ぐるみ剥がされて何もかも失った後に戦えるのかどうか。RollingStoneのように完全にUnknownでNoDirectionHomeになったとして、生きて戦えるのかどうか。俺は、あるいはあなたも、強くなりたいと力を求めてきたかもしれないけれど、それはただ武装することではないはずだと、ときおり諌めなくてはならない。重たい身動きの取れない鎧を着て強くなった気になっているなら、そんなものは捨てれば良い。良い気にさせてくれるだけの友人や恋人なら捨てればいい。良い気にさせてくれるだけの服なら捨てればいい(俺が一番かっこいいと思うのは作業服で、それは戦士の美しさだと感じる)。自分の有能さや価値を証明するような仕事なら捨てれば良い。身につけた知識や技術があなたに満足を与えているなら、いっそ本なんか読まないほうがいい。自分を救済するような神なら殺せば良い。弱さこそが強さだ。弱さにおいて最大の強さがある。存在の至高性とは無能の意識において現れる。無能者の意識が芽生えて、そうやって、私は転がり落ちていく。そこに休息はない。運動だけがある。それは全くどこへも登っていかない運動で、毎日一つづつ、小さなことでもいい、信仰をやめることによって達成される。ただ降り注ぐ雨粒のように、ならなくては、ならない。俺は雨粒をみて美しいと思う。そこにはなんのてらいもないからだ。規則正しく落下する雨のような美しさは太陽を恥じ入らせることはないかもしれないけれども、少なくとも渇きを癒すかもしれない。雨はまた人間を、街から多少は追い払うかもしれない。希望と呼べるものがあるとすれば、それくらいで、あとは、水の中で、魚の鱗のようなものが、自然と、生えてくるならもう言う事はない