徒然なるままに書いていく。メルボルンに引っ越してきてもう半年になる。良い街です。何が良いって雰囲気が良い。東京ほどクソほど人が多くなく、息苦しくなく、気候はカラッとしていて、夏でもジメジメせず、そしてメシは美味い。スシを除けば。街はこじんまりしてるけど常に人の活気があって良い。常に誰かがどっかで路上ライブしてるか、爆音で音流してる店がどこかにあり、いい意味でうるさい。道歩けば色んな人がいる。中国人の学生も裸のおっさんも薬中の婆さんもインド人の群れもいる。物価は高いっちゃ高いけど何だかんだで東京で暮らしてた時と出費は変わらない。毎月の国民健康保険料払わなくなったからだと思う。あと飲酒量が減った。酒がなんか手軽にスーパーとかコンビニとかでついでに買えないので自然と。メシ代はまあ自炊してるとそこまで変わらない。外食は高い。ランチで2000円くらいならまあ良いんじゃねってくらいの感覚になってきてる。コーヒーはそんな高くないしうまい。基準がダンチ。やっぱ文化の底って大事なんやなと思う。どんだけレベル低くてもある程度の品質保たれるっていう意味合いでの底の厚さが色んなところにある。日本で言うとスーパーで買うような寿司でもまあ美味いみたいな。寿司として成立はしてるよねっていう。逆にこっちで街で評判のスシを食ったんだけど良くてまあ日本のスーパーで買うレベルだった。それって多分やっぱ受け手の許容できるレベルが大いに影響するよなと思う。知らんけど。その辺の店でもそんな対して努力してなさそうでもそれなりにサマになってるみたいなのはそういうことだと思う。イギリス人が100年以上前に建てた建物をいまだに使えてるってのもあるだろうけど。逆に東京が都市として良かったなと思うところはあの効率性というか匿名性とでもいうべき人とモノの流通網だったのかもしれんと思う。東京ってすごくデカくて、物量があるからこそすごく均質化されていて、その薄くならされた土台の上に色んなサブカルが乗っかってる感じ。メルボルンはまあ人や文化が混ざってることは確かなんだけど、狭くて分厚い土台の上にみんな一応乗っかってる感じはする。私はこの街で感じる異邦人としての異質さも結構それはそれで気に入ってる。この街の何がそうさせるのかは分からないが、私には私の輪郭があり、通りを歩き、飯を食い、行動しているという感覚がある。それは自分がここでは外国人だから、という訳ではなくて。東京にはあった匿名性というものがここには無い。退屈な人間が人類皆NPCとか言うけれど、実はそうではなく、これは壮大なマルチプレイヤーゲームなのではと言う気にさせてくれる。街の活気が。それはおそらく住民の多くの割合が移民というのもあるだろうし、引っ越してくること自体が選択であり、人々はそれなりに生きる覚悟があるというか。知らんけど。そもそも何でこっちに来たかっつーと家庭の事情で。相方がここ出身なんだけど、しばらくは地元で暮らしたいというのでついて来た。私としては一緒に居られるならどこでも構わないから行くわって感じで。3年前くらいからぼんやりと、この辺でいったん日本を出るのもアリかなとは思っていてタイミングも良かったので。今は一緒にアパートに住んでいる。彼女のことはとても愛している。親元離れてからはずっと一人暮らしだったけど二人暮らしも悪くない、というかとても良いです。基本的には異質な者同士だが、2つで1つの片割れどうしとして噛み合うのだと思う。彼女は私を、私の安寧な箱の外に駆り出してくれる。それは鬱陶しくもあり、コントロールできないものであり、愛おしくもあり、エキサイティングであり、私を地上に引きずり下ろすものであり、それゆえにかけがえの無いものだと思っている。いま夏で暑くて眠れなくてダラダラ書いてたんだけどそろそろ寝る。